アイザック・マクドゥーガルについて 2(完)

前回の続き。
アイザックは顔も声も生き方も大変しぶくてかっこいいと思うのだが、つめが甘いというか、若干アホの子のようなところがあると思う。


以下、1話の時点ではわからないネタバレなどあり。


アイザックは中央司令部を襲う前に、キンブリーを勧誘しに行っている。
キンブリーの顔見せのためだけに必要とした流れだったのだと思われるが、決行直前にいきなり誘いに行くというアイザックは、無鉄砲で考えなしの人のように見える。
もしもキンブリーが同じような思想の持ち主であったとしても、あのような突然の持ちかけは受けづらかろう。
誰も信じずに望んで孤独に戦おうとしているわけではなく、機会あらば戦友を得ようとしているというアイザックの一面には好感が持てるが。
だが、人選が悪すぎた。よりによって快楽殺人犯であるキンブリーを誘いに行くという、人を見る目のないところがアイザックのちょっと抜けたところ。
リアルタイムで初放映を見ていた時は「なんでキンブリーを選んだww」とちょっと笑ってしまった。マスタングあたりであれば、早急すぎる計画に賛同できるかどうかはともかくして、力になっただろうに。


原作既読者は、キンブリーの人となり、マスタングの人となりを知っている。だからアイザックの人選がひどい事がわかる。でも、アイザックはキンブリーの事もマスタングのこともよく知らないだろうから、ああいう人選になったんだろう。
アイザックはイシュヴァール殲滅戦に参加し、その中で軍に絶望した結果、国家錬金術師の称号を捨てた。
そんな彼にとっては、今現在も国家錬金術師であり続け、殲滅戦で多くの人を殺して「イシュヴァールの英雄」とまで言われているマスタングはどう映ったか。
きっと、「腐りきった軍」を象徴する典型的な人物に見えただろう。
実際にはマスタングは軍を変えるために行動しているが、深く関わらずにその事を知らされていない人々から見ると、マスタングは「あのひどい殲滅戦で率先して人を殺し、英雄などと呼ばれながら今の地位を得た鬼畜」とも受け取られかねないプロフィールを持っている。
一方のキンブリー。人殺し大好きなシリアルキラーで変態さんだが、そういった彼の嗜好を知らない者から見れば、様相はまた変わる。
アイザックは軍の上層部が真っ黒である事を知っていた。イシュヴァール殲滅戦の終了とほぼ時を同じくして、そんな上層部の者たちを殺害したキンブリーを、「罰せられる事も恐れずに黒い上司たちを倒そうとした正義漢」というように思いこんでしまっているようだった。
二元論で語ればマスタングが「善」でキンブリーは「悪」なのだが、アイザックの中の認識は逆になっていそうだ。
だから、アイザックが共に軍を倒す者として選んだのはキンブリーで、マスタングのことは最初から敵扱いしていたのだろう。
仕方がないのだが、やっぱり間抜けだ。アイザックが事前に性格調査などを行っていれば……




放送前からアイザックが「氷結の錬金術師」という名を持つ事は、ストーリー紹介などで明かされていた。
どうもチューハイを連想してしまい、この二つ名は今でもちょっと笑えてしまう。
だが実際に彼が作中で見せる、氷結の名にふさわしい錬金術の数々はけっこうエグかった。



例1.氷の刃で相手を貫く。

例2.対峙する人物の体内の水分を凍らせて凍死させる。

例3.対峙する人物の体内の水分を沸騰させて……なに死というのだろう、なんかとりあえず熱い思いさせて殺害。


日曜五時の全国放送で、第1話からこんなの映しちゃってもいいのかと心配になる描写だった。
そう長くは映らないものの、沸騰させられた人の手が特にグロテスク。皮がややたるんで「中身が減った」という感じなのが……
「氷結」とはいっても凍らせる事に限らず、凍らせたものを瞬時に水に戻して武器を残さないようにしたり、あるいは熱湯に変えたり蒸気に変えたりと、液体自体のエキスパート。
第1話からこんなチートスペックオリジナルキャラキャラ出しちゃっていいのかと心配になる描写だった。
たった1話で死なせるキャラだからこそ、これだけなんでもありの人物になったのだろうな。



この二人は、アイザックに殺害された憲兵。左が凍った人、右は沸騰した人。
真っ先に銃を構える凍った人、続くように遅れながら腰の銃に手をやる沸騰した人、といった描写がみられ、外見年齢的にも、二人は上司と部下という関係だと思われる。
モブキャラでも顔が同じとかではなくて、そういった程度の関係性は見出せるように描かれているというのが細かい。そして、そういうものが読み取れ個別認識ができるだけに、二人をサクッと殺してしまったアイザックはひどい事をする人だなーとも思えてしまう。
アイザックは国の暗部にいち早く気づき、そのために危険に身を投じて戦う正義の人。……のはずではあるが、同時に、大義のためになにやっちゃってもいいと開き直っているふしがある。
「多いなる事を成すには犠牲はつきものさ 等価交換というやつさ」と勝ち誇ったように言ってしまったりする。


アイザックは明らかに無駄な殺しを行いすぎている。
上層部のやっている事を知らないような者たちを、軍人や憲兵のみならず、一般人をも巻き込んで殺害している。
アイザックは、国民を犠牲にする国軍を憎んでいたが、皮肉にも憎むあまりに同じような存在になってしまっている。
軍を打倒するという目的が先走りすぎ、どうして軍を滅ぼさねばならないと思ったのか、守らなければいけないものはなんなのか、そういった考えを捨ててしまっているかのようだ。
終盤でブリッグズ兵は罪のないセントラル兵たちを殺したが、あくまでも敵対してしまった相手のみを殺し、そうでない兵は逃がしていたし、一般人に危害は与えなかった。だが、アイザックはそうではない。殺さずに済むところでも殺しすぎているように感じる。

1話終盤で、アイザックは一人で高笑いをする。常軌にある者の笑い方といった感じではない。やけっぱちな感じ。
初め、アイザックの事を「多くの人に憎まれ泥をかぶってでも大悪を滅ぼそうとする人」だと思っていた。
でも、彼はもっと複雑な感情を持ち合わせていて「多くの人」への憎しみもまたあったのかもしれないと思うようになった。
アイザックが苦しみを持つようになったイシュヴァール殲滅戦の影が少しずつ薄れていく事や、真実に全く気づきもしない人々に対し、アイザックは苛立ちを通り越して絶望していたのかもしれない。
流石に国民を皆殺しにするというほどまではいかず、やはり根本の部分では国民を守りたいという気持ちは残っていたはず。だが苦い心境が、犠牲を最小限に抑えようと試みることもない無謀な行動に反映されたのではないだろうか。



本編では「対話」の必要性が繰り返し語られる。まず話し合わなければ、協力するにせよ決別するにせよなにもはじまらないという風に。
アイザックは繰り返し「お前達にはわからない」と言う。わからせようと語り聞かせる前に、対話を放棄している。そのくせ、わかってもらえない事に失望した様子で高笑いタイムに入ったりする。
アイザックには射殺命令も出されており、殺すか殺されるかの状況の中でのんきに話し合う余裕はそうないが、エドたちに対し、耳を傾けてくれと一言頼むことすらしなかった。
対話というものが重要視される世界の中で、アイザックは対話という手段を諦めてしまっていた。それがアイザックの一番だめなところであり、1話だけで退場するはめになるキャラクターとして意図的に設定された部分でもあるのかもしれない。


少し道が違えば、アイザックは最終決戦のメンバーの一人になっていたかもしれない。火属性と水属性という対になる者同士で、マスタングとコンビを組んで戦っていたかもしれない。
1話だけのオリジナルキャラクターとして作られた以上、メタ的に考えれば有り得ないのだが、そんなif展開が浮かぶ。
なんか「アイザックさんかっこいいっす」みたいな事を書こうと思っただけなのに長文になってしまった。
アイザックは、根本的な思想や外見はかっこいい。でも思慮が足りない。なんというか、とにかく惜しい人だ。
いかにして軍に反旗を翻すべく立ちあがるようになったのか、さらっと裏設定が披露されたりなどしないだろうか。