第3話「邪教の街」感想

タイトルで最初から邪教扱いw

タイトルクレジット画面の錬成陣は二つ。
右上は人体錬成陣。左のものは、アルが練成を行う際に地面によく描いているもの。土属性の物質を錬成する時用のかな? 重要なものとして作中で扱われている錬成陣以外はちゃんと把握していない。


この回は全話中ワースト№1じゃないかというぐらい画面や間の取り方が悪かった。漫画の第1話に相当する回なのに、あまり重要ではないギャグシーンに尺を取り過ぎたり、画面分割演出が頻出したり、放送当時は見ていてこのアニメの先行きが不安になった。
ロゼのとったアニメオリジナルの行動に関しても「ロゼはこんな事やる子じゃない」という拒絶の意見をけっこう見かけた。でもあの描写は気に入っている。




料理店に吊るされている食料らしき爬虫類、漫画の背景にも描かれてるものだが、色が食べ物っぽくない。フライパンや壁と同系色になっとる。実は食べ物じゃなくて飾りの彫刻とかなのか。気になる。


太陽神レトに祈りを捧げる、信者のロゼ。
太陽神なだけあって、レト像の真上には穴でも空けられているのか、採光ができるようになっている様子。


ここらへんから地獄の画面分割が始まる。
並べて見ると、同じ画面分割場面でも、真ん中でくっきりと区切られている分割、真ん中がぼやけたようになっている分割、真ん中に白い線が引かれている分割などがある。


二分割だけじゃなくて三分割まであるよ!
この回担当の人は分割が好きすぎる。
分割はなにがなんでもだめというわけではなく、三分割の一番上の場面などは動きが良かった。だが、多様されるとどうも安っぽい。複数キャラの表情を一挙に見せられるという利点はあるのだろうが、そういうのはアングルを凝ってどうにかしてほしい。


エドはロゼに、祈るだけで人は甦りはしないと説き「 太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼をもがれ地に墜とされる」と語る。
この「英雄」はギリシア神話イカロスを指しているようだが、イカロスは英雄というイメージとあまり結びつかない。イカロスは親の忠告を破って死んじゃったアホの子で、イカロスの顛末から得られる教訓は「親の言う事はちゃんと聞こうね!」といったものだと個人的には思っている。解釈の違いによっては、英雄として描かれるイカロスも多いのかもしれないが。合唱曲として有名な『勇気一つを友にして』などはそうか。
イカロスへの間抜けなイメージは、ブリューゲルの『イカロスの墜落のある風景』のシュールギャグチックな絵への印象のせいかもしれない。画面の右端の方で、墜落したイカロスの足だけが水面から突き立っている、という絵で、偉大さや悲壮感ではなく笑いを狙っているかのような構図。


イカロスには、太陽に蝋が溶かされて死亡、ではなく太陽神に与えられた罰によって死亡、というパターンもあるらしい。太陽神によって滅ぼされたイカロスに自らを重ねたエドが、太陽神の代理人を名乗るコーネロを倒す、という神話の逆転パターンが描かれた話だと思うと面白い。
イカロスが閉じ込められていた迷宮は、半人半牛のミノタウロスを閉じ込めるために造られた物だったり、そもそもミノタウロスが生まれたのはイカロスの父ちゃんが造った雌牛型のかぶりものに入った女性が雄牛と獣姦しちゃったせいだったりと、イカロスのエピソードにはけっこう牛が関わっていたりする。イカロスのエピソードがここでチョイスされたのは、荒川弘氏の牛好きのなせる技でもあるのかもしれないw




ロゼの髪色が気になった。漫画でも白と黒のツートンカラーになっていたが、白い部分が赤毛な事に違和感があった。

色変え三パターン。脳内イメージに合致するロゼの髪色は左かな。具体的にどういう色だと事前に想像していたわけではないのだが、赤毛系のイメージはなかった。
ロゼは漫画ではカラーで描かれた事は確かなかった。荒川氏がカラーイラストを描いたらどういう色になるんだろう。色彩設定を聞かれて荒川氏がこの色をチョイスしたんだろうか。

ロゼの銃に関するオリジナル描写その1。
コーネロにエルリック兄弟への発砲を促され、弾みのようなものだが、ロゼはアルを撃ってしまう。

ぶわっと髪が広がると共に歯を噛みしめる力が強くなる、というこの場面の動きが好き。

漫画では、別の人物が至近距離から、アルの鎧の中に人が入っている事を想定し、鎧の目の穴部分に撃ち込むという流れになっていた。一方、アニメのロゼの場合は、わりと離れたところから発砲し、たまたまアルの頭部に弾が当たったという流れ。
この場合、頭部が吹っ飛ぶほどのダメージはなく、アルの鎧の頑丈さから考えて跳弾するだけになりそうな気もする。この怯えた構えで、あれほどいい具合(?)に弾を当てられるとはロゼの腕前はなかなかのものだ。

アイキャッチ


どや顔のコーネロと、憂い顔のロゼ。ロゼの表情がなかなか色っぽい。



エド機械鎧の右腕を晒すシーンの演出は、当時ものすごくバッシングされていた。それを受けてか、DVD/BDではやや手直しされていた。

鏡に映したように、左右反転でロゼの瞳に映るエドの姿。そこからカメラが引き、驚愕の表情を浮かべるロゼの顔が……という流れ。
このエドの姿が、ロゼの瞳に映ったものだとわかりづらいため「スタッフが、うっかりミスで機械鎧のついている腕を左右間違えたのか?」といった説さえ流れていた。「目に焼きつくかのように、エド機械鎧姿がロゼにとっては衝撃的でした」という事を演出したかったのだと思われるが……凝っててもパッと見てわからなければ意味はない。ロゼのショックを伝えるよりも、視聴者に対してわかりやすく示した方が良かった。

テレビ放映版ではロゼの瞳のアップが1秒程度しか映らずにすぐにカメラが引いてしまうため、ロゼの瞳に映った云々という流れが把握しづらくなっていた。
DVD/BDでは、ロゼの瞳のアップが4秒ほどに延ばされていて印象付けがなされたので、わかりにくさはなくなった。映っている時間が長くなったため、ロゼの目が震えている様もわかるようになり、ロゼの動揺も伝わりやすくなった。

↑のカットは、テレビ放映版ではあったがDVD/BDでは消失した。ロゼの瞳に映った、という印象を与えない、くっきりと描写された左腕に機械鎧を持つエドの姿。くっきり映されると、ロゼの瞳に映った虚像ではなく現実の姿のように思えてしまうから、消してよかった。
(正確には消失したのではなく、このカットの上に黒くぼやけた瞳フィルター(?)を重ねた感じだ)

テレビ放映では見ずにDVD/BDで初めて見るという人がどれだけいるかは知らないが、そういう層はここの演出に疑問符を持たせられずにすんだじゃないだろうか。



演出どころじゃない謎のオリジナル展開、コーネロ巨大化。

賢者の石使えば不可能ではないのかもしれないが……これはwwwww
PSPの『約束の日へ』の中でも巨大化していたw
この回は妙にギャグ描写に時間を割いていたからこれも狙ったギャグなのかと疑いたくなるほどおかしい。
拳だけでエドの全身ぐらいあるサイズになるとかすごいぜリバウンド。こんな巨体で街に出て行ったら、もうその姿だけで神様名乗れるレベルじゃないか。巨大コーネロさんなら信仰したい。


謎のコーネロ巨大化は、このシーンのためかな。
漫画ではここでエドの錬成した「神の拳」はコーネロには当たらない。コーネロの眼前に落ち、恐怖でコーネロを失神させるだけとなる。
「見映えのためどうせなら神の拳でコーネロを殴らせたい→でも普通のおっさん体型のコーネロがそんな目にあったら死んでしまう→だったら普通の体型じゃなくなればいいんじゃね→巨大化」
みたいな流れがアニメスタッフの間であったのかもしれないw というかバトルを派手にさせるためか?
漫画の「神の鉄槌くらっとけ」という台詞が好きだったのでアニメで削られたのは残念だ。本当にコーネロがその身で受ける事になったんだし。



コーネロは倒され、ロゼの銃に関するオリジナル描写その2へと移る。

がくがくと震える姿に萌えた。


人体錬成に千人が挑戦して千人が失敗しました、だったら新たに挑戦しようとは思う人はあまりいないだろう。だが、ロゼが聞かされた限りの失敗例は兄弟のもの一つしかない。
それにロゼは、賢者の石が壊れた瞬間を見ていない。自分の恋人の人体錬成は成功するかもしれない、賢者の石があれば成功するかもしれない、とまだ希望を捨てられないのは当然といえば当然。ロゼは、兄弟が持っている(とロゼが思い込んでいる)賢者の石を奪還し、恋人を甦らせようと銃で脅迫を行う。


命令されたから銃を拾い、はずみで引鉄をひいたその1とは異なり、今度はロゼは自分の意思で銃を構えてエルリック兄弟を脅している。結局ここでまた発砲する事はできず兄弟を傷つける事はなかったが、コーネロに騙されていた可哀想な被害者、という域を超え、ロゼは加害者側へと踏み込みかけた。
ロゼは1度目で発砲を経験している。撃った瞬間の反動の重さや硝煙のにおいなど、銃がどういうものであるかを生々しく体感的に知っている。それでも銃を手にする、それほどロゼは恋人の甦りにすがっていた。
あくまでも「脅し」のために銃を持っただけであり、ここで発砲する気はなかったと思われるが、兄弟の返答次第では我を忘れて引鉄を引きかねなかった。
「いくら恋人を愛していても、ロゼはこういう事する子ではない、ひどい改悪」という風にここの下りを悲しむ意見が放送当時に多かった。でも好きだここの流れ。まるで銃にすがっているような姿が哀れで。


ロゼの暴挙は銃関係だけに終わらず、エドを的確に傷つける問いかけをも発する。1回目での銃の腕前といい、色んな意味でヒットマン
「(賢者の石を)一人占めする気なんでしょう
 あなたたちの体……そうよ、それにお母さんの体だってもう一度」
(どうでもいい事だが、この場合は一人占めではなく二人占めになるんじゃないか)

漫画のエドは、ロゼに対して終始一線を引いたような態度を取っていた。怒った顔は見せても悲しみは見せず、色々な事を乗り越えた強い人、という感じにも見えた。漫画の序盤でのエドは他の回でもそうだった。弱さは徐々に露わになっていった。
だが、アニメのエドは、ロゼのこの言葉で激昂し「黙れ」と叫び、次に泣きそうな顔を見せる。弱い部分も丸出し。過去の話を既に2話で披露していたし、アニメのエドは最初から弱い部分が前面に出ていた。
「死んだ人間は生き返らない」とロゼに言い聞かせるが、噛みしめるような言い方で、自身に向けたもののようでもある。この時点でのエドはまだ、「もっとちゃんとしていれば母は甦ったかもしれない」「ちゃんとやれば今度こそ母は甦るかもしれない」「でも同じ事を繰り返すだけかもしれないから、けしてやるわけにはいかない」といった自問自答をしている最中なのかと思えた。

引いていた一線を無理矢理に踏み越えるようなロゼの発言がなければ、エドはここでこういった姿を見せなかっただろう。その姿を描くためにロゼにあの台詞を言わせたのかもしれない。



「これからあたしは 何にすがって生きて行けばいいのよ 教えてよ ねえ」
ここは「教えてよ ねえ」の部分も叫び口調だと思っていたら、消え入りそうな声だった。
興奮状態からどんどんしぼんでいくような感じでよかった。


「立って歩け 前に進め あんたには立派な足があるじゃないか なににもすがる必要なんかない」
漫画では通りすがりながらの発言で、ロゼのすぐそばにエドの「足」があったのだが、ロゼの横を完全に通り抜けた後の発言になっていてちょっとがっかりした。


「なににもすがる必要なんかない」の部分はアニメのオリジナルの台詞。
その言葉と共に、うつむいていたロゼは顔をあげる。

もうちょっとカメラを引いてほしかったが、漫画でのこのロゼの動きが好きだったので、それが動画として見れて良かった。
太陽神レトを信仰していると言いながらも、太陽そのものではなく偶像ばかりに祈りを捧げていたロゼが、初めて天を見上げる、というのが象徴的だった。偽りの世界から戻って来て、やっと現実を見据えるようになったようで。顔が上を向くにつれて、画面が光で明るくなっていくのも希望がある事を感じさせるようでよかった。

漫画のこのシーンは沈む太陽が印象的だった。「本物の太陽が見守ってくれている」みたいな印象だった。鐘を鳴らす時刻を確認していた人が時計を見るシーンで針が六時を指していたので、単なる自然風景として夕方を描いただけで、深読みしすぎなのかもしれないがw


漫画未読者らしき人が「あの子はこの後、銃で自害しそうだね」といった事を書いていた。自分はあの流れで「希望がある」と思ったが、それは今後のロゼの事を知っている漫画既読者だからこそで、そうは思わなかった人も多いのだろうか。記憶喪失になって先入観をなくしてもう一回見てみたい。




ラストさんによるコーネロ串刺し。ラストさんは井上喜久子17歳の声がすごいハマっていた。ラストさんに罵られたい欲がより高まった。


漫画ではコーネロに渡した賢者の石は「本物ではない」とラストは発言していた。
コーネロは賢者の石を完全な物質だと思っていたので偽物扱いしたが、賢者の石は実際には不変のものではないため、コーネロが持っていた物はまぎれもなく本物の賢者の石であった。ラストのあの言葉は真実に反するものだった。普通に受け取れば「罵りプレイの一環で、コーネロをこけにするためにそう偽った」という事だろうけど、混乱を招くのであの台詞はカットして正解だった。
……だが、4話の冒頭にて、ナレーションに「賢者の石は偽者だった」と言わせてしまっていた。キャラが言った事なら虚言ですむが、ナレーションで言わせてしまうのはだめだ。ラストの台詞を削ったのは良かったのに、もっとひどい事になった。神の視点であるナレーションで言われた事は事実であるべきなのに。DVDでもこの部分は修正されなかった。いつかBOXを出す時には修正してほしい。書籍などは版を重ねる際に誤記を訂正したりするが、DVDやBDはそういうのないのだろうか。